収録作品 / 名著伴読

新渡戸稲造『自警録』

日々の心得を短い章で語る修養書

全文 168,367字・読了の目安 約337分(27節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

芭蕉無耳聞雷開

葵花無眼随日転

そめ色の山もなき世におのづから

柳はみどり花はくれなゐ

序

とかく道徳とか仁義とかいえば、高尚遠大にして、通常人の及ばざるところ、たまたま及ぶことあれば、生涯に一度か二度あって、専門的に修むる者にあらざれば、単に茶話の料か、講義の題として聞くもののごとく思い流すの懼がある。もちろん道徳の思想は高尚、その道理は遠大であろう。しかしその効用と目的は日々の言行に現すほど、吾人の意識の中に浸み込ませるところにあると思う。古の賢人も道はここにありと教えた。なお賢人の曰うに、「言近くして旨遠きものは善言なり。守ること約にして施すこと博きものは善道なり。君子の言は帯より下らずして道存す」と。

これを思えば道すなわち道徳はその性高くしてその用低く、その来たるところ遠くして、その及ぼすところ広く、田夫野人も守り得るものであるらしい。

わが邦においては道徳に関する文字は漢語より成るもの多きがゆえに、学問なければ、道も修め得ぬ心地す。仁義礼智などとは斯道の人にあらざれば解し能わぬ倫理として、素人のあえて関せざる道理のごとくみなす風がある。これもそのはずであって、むかしは堅苦しき文字を借りて、聖人にも凡人にも共通なる考えを言い現す癖があった。これはただに儒学のみでなく、仏教においても同然で、今日もなお解き難き句あれば「珍聞漢」とか、あるいは「お経の様」なりという。また、かくのごときは独り本邦ばかりでない、西洋においても一時は解りきったことさえも、わざわざ自国の通用語を排してラテン語をもって、論説した時代もあった。薬も長きむずかしき名を付ければ効能多く聞こゆるの例によりて、ややもすると、今もこの弊に陥りやすい。

なるほど、なにごとにしても、理を究めんとすれば心理学の原理に入らざるを得ないから、容易ならざる専門的研究となるが、吾人の平常踏むべき道は藪の中にあるでなし、絶壁断巌を沿うでもない。数千年来、数億の人々が踏み固めてくれた、坦々たる平かな道である。吾人が母の胎内においてすでに幾分か聞いて来た道である。孟子の、「慮らざる所にして知るものは人の良知なり」と言った通り、慮らずして、ほとんど無意識に会得してある教訓に従うを道徳と称するものでなかろうか。

わが輩は決して道徳問題は、みなみな無造作に解するものと言うのではない。一生の間には一回二回もしくは数回腸を断ち、胸を焦すような争が心の中に起こることもある。しかしそんな難題は生涯に何回と一本か二本の指で数えつくせるくらいなものである。これに反し、われわれの最も意を注ぐべき心掛は平常毎日の言行――言行と言わんよりは心の持ち方、精神の態度である。平常の鍛錬が成ればたまたま大々的の煩悶の襲い来る時にあたっても解決が案外容易に出来る。ここにおいてわが輩は日々の心得、尋常平生の自戒をつづりて、自己の記憶を新たにするとともに同志の人々の考えに供したい。

大正五年五月九日

南洋旅行の途上、信濃丸船中にて

新渡戸稲造

第一章 男一匹

神と獣類の間に立つ人

外国語では人という名詞をただちに男に代用するが、わが国において人というのは西洋のいわゆるペルソン(人格)を指し、ただちに性の区別をいいあらわさない。しかしてこの人なる語はあるいは高尚な意味に用いることもあれば、またすこぶる野卑なる意味を含ませることもある。たとえば、

「人と生まれてかかる事をするのは恥である」

という場合に用いられた人は、万物の霊長であり、したがって廉恥心も自然に備わっているものなれば、よろしく自ら重んずべきものなりとの意味をいいあらわし、動物に対して人の尊重すべきを示したものである。しかるにこれに反し、

「どうせ人間だもの、このくらいのことをするのは当然だ」

という口調を放つときは、神ならぬわれわれは肉も血もあり、多くの弱点を備うるものなれば、時にこれしきの罪業をするのは免れぬと、半獣性の欠点に富めることをいいあらわすに用いられる。かくのごとく人間といえば上は神、下は獣類のあいだに介在するものであるから、両者の性質を兼備し、自分の勝手で都合よきほうに較べ、ある時はみずから尊者の敬称を甘んじて受け、またある時はみずから野卑と称するほど謙遜る。信玄の歌に、

人多き人の中にぞ人ぞなき、人となれ人、人となせ人

とあるは、ある人の歌に、

人はたゞ人とならねば人ならず、人となれ人、人となせ人

とあると同じく「人」なる観念を二つにしていることが明らかである。すなわち「人」なる字が善悪の二様に用いられている。

女なる言葉に含まれた道徳的意味

この人間のうちには男もあれば女もある。しかして「女」なる言葉はその用うる場合により、「人」の場合と同じく、善悪両様の意味を別々に含ませている。むろん男のことを「女らしい」というときは、十に八、九まで誹謗する意旨であるが、しかし女自身に使用するときでも、おもしろからぬ意味を諷することはしばしば見るところである。

たとえば、

「女子と小人は養い難し」

という場合、単に女子という文字だけにてはさらに善悪の意を含んでおらぬが、小人という語と結びあわせると、女子を卑下する心持が現れている。ちょっと普通行わるる諺を見ても、

「どうせ女の事だもの」

「家の乱は女から」

「七人の子は生すとも女に心を許すな」

「大蛇を見るとも女人を見るべからず」

などと女に関する悪口がたくさんある。畢竟いかに男子が自己の愚より婦人に迷ったかを自白するに過ぎぬ。ことに漢字では女の字を偏または旁に含めるものは、むろん善意を含めることなきにあらざるも、多くの場合むしろ悪意を含ましている。

たとえば女を三字集めた姦、両男の間に女を揷んだ嬲(もっともこれは女のほうより左右にある男のほうが罪あるに相違ない)、奴(やっこ)、妄(みだる)、奸(みだす)、妨(さまたげる)、妖(わざわい)、妬(そねむ)、婪(むさぼる)、嫉(ねたむ)のごときは悪い意味である。その他普通の用語にしても女といえばなんとなく卑めるがごとき印象を受ける。わが輩は常に女といえばただちに母ということを頭脳に思い出すから、いちがいに女という文字を嘲笑的に用うる人多きを見て、不愉快に感ずる。しかし女を卑下する思想は必ずしも日本のみでなく、またシナのみに限らぬ。西洋においても多少この傾向の存在を否定することはできぬ。

ここまでで全体の約2%。残り約332分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(新渡戸稲造『自警録』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1自警録(1/27)約21分
2第二章 一人前の人と一人前の仕事 一人前とは何を標準とした言葉か約13分
3第三章 強き人約11分
4第四章 外は柔、内は剛 英雄に現れた内外の差違約15分
5第五章 心強くなる工夫 同病相憐むに出でたる余の気弱約13分
6第六章 怖気の矯正 始めて試みた英語演説約12分
7第七章 譏謗に対する態度 人に最大不快を与うるは何か約15分
8第八章 世に蔓延る者は憎まる 世に蔓延る者は憎まる約11分
9第九章 心の独立と体の独立 友人を擲った少年時代の追懐約12分
10第十章 人生の成敗 米国南北戦争における名将約11分
11第十一章 人生の決勝点 負けた時の用心約11分
12第十二章 人生表裏の判断 表と裏とは物の存立条件約11分
13第十三章 広く世を渡る心がけ 好き嫌いと善悪とは違う約8分
14第十四章 報酬以上の務め 愉快なる台湾旅行中の不快約16分
15第十五章 逆上を警む 世界の耳目を集中さした共和党の大会約10分
16第十六章 富貴の精神化 弁士の富論約12分
17第十七章 実業を精神化せよ 米国実業家の人生観約12分
18第十八章 知らぬ恩人に対する感謝 英国碩学の観たる神道の要旨約15分
19第十九章 言葉の心 名は命名者の心を表わす約12分
20第二十章 忠告の取捨 教訓を責道具に使うなかれ約14分
21第二十一章 潔き感情と正しき思想 偉大なる思想が何ゆえに萎縮するか約10分
22第二十二章 感情より出た職業選択 職業とこれに従事する者の不釣合い約13分
23第二十三章 若返りの工夫 いつも若い人約6分
24第二十四章 全力と余裕 蛙の筋肉の力を測りし学者の試験約9分
25第二十五章 理想と実現 幼少時代の理想の回顧約11分
26第二十六章 理想の実現は何処 犬車の前に垂れ下げた肉片約19分
27第二十七章 夢の実用 夢は迷信として排くべきか約14分

「『自警録』は何を書いた作品ですか」

この問いに、新渡戸稲造はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

「何をもって謗を熄むる、曰く無弁。何をもって怨を止むる、曰く争わず」
自分が恥でも受けたような顔をしとったかね
退いて予ははたして青年時代の理想に近づきつつありや、あるいは逆戻りせぬかと深く省るのである。

名著伴読では、こうした箇所を新渡戸稲造の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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