全文 5,545字・読了の目安 約11分。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。
二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかついで、白熊のような犬を二疋つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」
それはだいぶの山奥でした。案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
それに、あんまり山が物凄いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらく吠って、それから泡を吐いて死んでしまいました。
「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬の眼ぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。
「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。
はじめの紳士は、すこし顔いろを悪くして、じっと、もひとりの紳士の、顔つきを見ながら云いました。
「ぼくはもう戻ろうとおもう。」
「さあ、ぼくもちょうど寒くはなったし腹は空いてきたし戻ろうとおもう。」
「そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日の宿屋で、山鳥を拾円も買って帰ればいい。」
「兎もでていたねえ。そうすれば結局おんなじこった。では帰ろうじゃないか」
ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
「どうも腹が空いた。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。」
「ぼくもそうだ。もうあんまりあるきたくないな。」
「あるきたくないよ。ああ困ったなあ、何かたべたいなあ。」
「喰べたいもんだなあ」
二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを云いました。
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。
そして玄関には
RESTAURANT
西洋料理店
WILDCAT HOUSE
山猫軒
という札がでていました。
「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか」
「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだろう」
「もちろんできるさ。看板にそう書いてあるじゃないか」
「はいろうじゃないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ。」
二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。
そして硝子の開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。
「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、きょう一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店だけれどもただでご馳走するんだぜ。」
「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」
二人は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。
「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」
二人は大歓迎というので、もう大よろこびです。
「君、ぼくらは大歓迎にあたっているのだ。」
「ぼくらは両方兼ねてるから」
ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗りの扉がありました。
「どうも変な家だ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだろう。」
「これはロシア式だ。寒いとこや山の中はみんなこうさ。」
そして二人はその扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でこう書いてありました。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
「なかなかはやってるんだ。こんな山の中で。」
「それあそうだ。見たまえ、東京の大きな料理屋だって大通りにはすくないだろう」
二人は云いながら、その扉をあけました。するとその裏側に、
「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。」
「これはぜんたいどういうんだ。」ひとりの紳士は顔をしかめました。
「うん、これはきっと注文があまり多くて支度が手間取るけれどもごめん下さいと斯ういうことだ。」
「そうだろう。早くどこか室の中にはいりたいもんだな。」
「そしてテーブルに座りたいもんだな。」
ところがどうもうるさいことは、また扉が一つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄のついたブラシが置いてあったのです。
扉には赤い字で、
「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきもの
の泥を落してください。」
と書いてありました。
「これはどうも尤もだ。僕もさっき玄関で、山のなかだとおもって見くびったんだよ」
「作法の厳しい家だ。きっとよほど偉い人たちが、たびたび来るんだ。」
そこで二人は、きれいに髪をけずって、靴の泥を落しました。
そしたら、どうです。ブラシを板の上に置くや否や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。
二人はびっくりして、互によりそって、扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、もう途方もないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。
扉の内側に、また変なことが書いてありました。
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。」
見るとすぐ横に黒い台がありました。
「なるほど、鉄砲を持ってものを食うという法はない。」
「いや、よほど偉いひとが始終来ているんだ。」
二人は鉄砲をはずし、帯皮を解いて、それを台の上に置きました。
また黒い扉がありました。
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」
「どうだ、とるか。」
ここまでで全体の約43%。残り約6分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。
出典: 青空文庫(宮沢賢治『注文の多い料理店』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。
この問いに、宮沢賢治はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。
ビジテリアンたちは、動物が可哀そうだという、一体どこ迄が動物でどこからが植物であるか、牛やアミーバーは動物だからかあいそう、バクテリヤは植物だから大丈夫というのであるか。
動物には意識があって食うのは気の毒だが、植物にはないから差し支えないというのか。
讃うべきかな神よ。神はまことにして変り給わない、神はすべてを創り給うた。
名著伴読では、こうした箇所を宮沢賢治の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。
名著伴読は青空文庫および各著者の関係団体とは無関係の非公式アプリです。