収録作品 / 名著伴読

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

全文 43,855字・読了の目安 約88分(8節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

一 午後の授業

「ではみなさん、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐた、このぼんやりと白いものが何かご承知ですか。」

先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の圖の、上から下へ白くけぶつた銀河帶のやうなところを指しながら、みんなに問ひをかけました。

カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジヨバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。

たしかにあれがみんな星だと、いつか雜誌で讀んだのでしたが、このごろはジヨバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を讀むひまも讀む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないといふ氣持がするのでした。

ところが先生は早くもそれを見附けたのでした。

「ジヨバンニさん。あなたはわかつてゐるのでせう。」

ジヨバンニは勢よく立ちあがりましたが、立つて見るともうはつきりとそれを答へることができないのでした。ザネリが前の席から、ふりかへつて、ジヨバンニを見てくすつとわらひました。ジヨバンニはもうどぎまぎしてまつ赤になつてしまひました。

先生がまた云ひました。

「大きな望遠鏡で銀河をよつく調べると銀河は大體何でせう。」

やつぱり星だとジヨバンニは思ひましたが、こんどもすぐに答へることができませんでした。

先生はしばらく困つたやうすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、

「ではカムパネルラさん。」と名指しました。

するとあんなに元氣に手をあげたカムパネルラが、もぢもぢ立ち上つたままやはり答へができませんでした。

先生は意外のやうにしばらくぢつとカムパネルラを見てゐましたが、急いで、

「では。よし。」と云ひながら、自分で星圖を指しました。

「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジヨバンニさんさうでせう。」

ジヨバンニはまつ赤になつてうなづきました。けれどもいつかジヨバンニの眼のなかには涙がいつぱいになりました。さうだ僕は知つてゐたのだ、勿論カムパネルラも知つてゐる、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといつしよに讀んだ雜誌のなかにあつたのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雜誌を讀むと、すぐお父さんの書齋から巨きな本をもつてきて、ぎんがといふところをひろげ、まつ黒な頁いつぱいに白い點々のある美しい寫眞を二人でいつまでも見たのでした。

それをカムパネルラが忘れる筈もなかつたのに、すぐ返事をしなかつたのは、このごろぼくが、朝にも午後にも仕事がつらく、學校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云はないやうになつたので、カムパネルラがそれを知つて氣の毒がつてわざと返事をしなかつたのだ。

さう考へるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあはれなやうな氣がするのでした。

先生はまた云ひました。

「ですからもしもこの天の川がほんたうに川だと考へるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考へるなら、もつと天の川とよく似てゐます。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでゐる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云ひますと、それは眞空といふ光をある速さで傳へるもので、太陽や地球もやつぱりそのなかに浮んでゐるのです。

つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでゐるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちやうど水が深いほど青く見えるやうに、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集つて見え、したがつて白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」

先生は中にたくさん光る砂のつぶの入つた大きな兩面の凸レンズを指しました。

「天の川の形はちやうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じやうにじぶんで光つてゐる星だと考へます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあつて地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立つてこのレンズの中を見まはすとしてごらんなさい。こつちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒即ち星しか見えないのでせう。こつちやこつちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見え、その遠いのはぼうつと白く見えるといふ、これがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまひなさい。」

そして教室中はしばらく机の蓋をあけたりしめたり本を重ねたりする音がいつぱいでしたが、まもなくみんなはきちんと立つて禮をすると教室を出ました。

二 活版所

ジヨバンニが學校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ歸らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅の櫻の木のところに集まつてゐました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらへて、川へ流す烏瓜を取りに行く相談らしかつたのです。

けれどもジヨバンニは手を大きく振つてどしどし學校の門を出て來ました。すると町の家々ではこんやの銀河の祭りにいちゐの葉の玉をつるしたり、ひのきの枝にあかりをつけたり、いろいろ仕度をしてゐるのでした。

家へは歸らずジヨバンニが町角を三つ曲つてある大きな活版所にはいつて、靴をぬいで上りますと、突き當りの大きな扉をあけました。中にはまだ晝なのに電燈がついて、たくさんの輪轉器がばたり、ばたりとまはり、きれで頭をしばつたり、ラムプシエードをかけたりした人たちが、何か歌ふように讀んだり數へたりしながらたくさん働いて居りました。

ジヨバンニはすぐ入口から三番目の高い椅子に坐つた人の所へ行つておじぎをしました。その人はしばらく棚をさがしてから、

ここまでで全体の約6%。残り約83分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1一 午後の授業約9分
2四 ケンタウル祭の夜約6分
3五 天氣輪の柱約8分
4六 銀河ステーシヨン約6分
5七 北十字とプリオシン海岸約8分
6八 鳥を捕る人約8分
7九 ジヨバンニの切符(1/2)約20分
8九 ジヨバンニの切符(2/2)約23分

「ほんとうの幸いとは何ですか」

この問いに、宮沢賢治はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

ほんたうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんたうの幸福に近づく一あしづつですから。
ああさうです。ただいちばんのさいはひに至るためにいろいろのかなしみもみんな、おぼしめしです。

名著伴読では、こうした箇所を宮沢賢治の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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