収録作品 / 名著伴読

内村鑑三『デンマルク国の話』

敗戦国が立ち直った理由を語る

全文 8,982字・読了の目安 約18分。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの7分)

曠野と湿潤なき地とは楽しみ、

沙漠は歓びて番紅のごとくに咲かん、

盛に咲きて歓ばん、

喜びかつ歌わん、

レバノンの栄えはこれに与えられん、

カルメルとシャロンの美しきとはこれに授けられん、

彼らはエホバの栄を見ん、

我らの神の美わしきを視ん。

(イザヤ書三五章一―二節)

今日は少しこの世のことについてお話しいたそうと欲います。

デンマークは欧州北部の一小邦であります。その面積は朝鮮と台湾とを除いた日本帝国の十分の一でありまして、わが北海道の半分に当り、九州の一島に当らない国であります。その人口は二百五十万でありまして、日本の二十分の一であります。実に取るに足りないような小国でありますが、しかしこの国について多くの面白い話があります。

今、単に経済上より観察を下しまして、この小国のけっして侮るべからざる国であることがわかります。この国の面積と人口とはとてもわが日本国に及びませんが、しかし富の程度にいたりましてははるかに日本以上であります。その一例を挙げますれば日本国の二十分の一の人口を有するデンマーク国は日本の二分の一の外国貿易をもつのであります。すなわちデンマーク人一人の外国貿易の高は日本人一人の十倍に当るのであります。もってその富の程度がわかります。ある人のいいまするに、デンマーク人はたぶん世界のなかでもっとも富んだる民であるだろうとのことであります。すなわちデンマーク人一人の有する富はドイツ人または英国人または米国人一人の有する富よりも多いのであります。実に驚くべきことではありませんか。

しからばデンマーク人はどうしてこの富を得たかと問いまするに、それは彼らが国外に多くの領地をもっているからではありません、彼らはもちろん広きグリーンランドをもちます。しかし北氷洋の氷のなかにあるこの領土の経済上ほとんど何の価値もないことは何人も知っております。彼らはまたその面積においてはデンマーク本土に二倍するアイスランドをもちます。しかしその名を聞いてその国の富饒の土地でないことはすぐにわかります。ほかにわずかに鳥毛を産するファロー島があります。またやや富饒なる西インド中のサンクロア、サントーマス、サンユーアンの三島があります。これ確かに富の源でありますが、しかし経済上収支相償うこと尠きがゆえに、かつてはこれを米国に売却せんとの計画もあったくらいであります。ゆえにデンマークの富源といいまして、別に本国以外にあるのでありません。人口一人に対し世界第一の富を彼らに供せしその富源はわが九州大のデンマーク本国においてあるのであります。

しかるにこのデンマーク本国がけっして富饒の地と称すべきではないのであります。国に一鉱山あるでなく、大港湾の万国の船舶を惹くものがあるのではありません。デンマークの富は主としてその土地にあるのであります、その牧場とその家畜と、その樅と白樺との森林と、その沿海の漁業とにおいてあるのであります。ことにその誇りとするところはその乳産であります、そのバターとチーズとであります。デンマークは実に牛乳をもって立つ国であるということができます。トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱えしめしデンマークは、実に柔和なる牝牛の産をもって立つ小にして静かなる国であります。

しかるに今を去る四十年前のデンマークはもっとも憐れなる国でありました。一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。デンマークは和を乞いました、しかして敗北の賠償としてドイツ、オーストリアの二国に南部最良の二州シュレスウィヒとホルスタインを割譲しました。戦争はここに終りを告げました。しかしデンマークはこれがために窮困の極に達しました。もとより多くもない領土、しかもその最良の部分を持ち去られたのであります。いかにして国運を恢復せんか、いかにして敗戦の大損害を償わんか、これこの時にあたりデンマークの愛国者がその脳漿を絞って考えし問題でありました。国は小さく、民は尠く、しかして残りし土地に荒漠多しという状態でありました。国民の精力はかかるときに試めさるるのであります。戦いは敗れ、国は削られ、国民の意気鎖沈しなにごとにも手のつかざるときに、かかるときに国民の真の価値は判明するのであります。戦勝国の戦後の経営はどんなつまらない政治家にもできます、国威宣揚にともなう事業の発展はどんなつまらない実業家にもできます、難いのは戦敗国の戦後の経営であります、国運衰退のときにおける事業の発展であります。戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民であります、宗教といい信仰といい、国運隆盛のときにはなんの必要もないものであります。しかしながら国に幽暗の臨みしときに精神の光が必要になるのであります。国の興ると亡ぶるとはこのときに定まるのであります。どんな国にもときには暗黒が臨みます。そのとき、これに打ち勝つことのできる民が、その民が永久に栄ゆるのであります。あたかも疾病の襲うところとなりて人の健康がわかると同然であります。平常のときには弱い人も強い人と違いません。疾病に罹って弱い人は斃れて強い人は存るのであります。そのごとく真に強い国は国難に遭遇して亡びないのであります。その兵は敗れ、その財は尽きてそのときなお起るの精力を蓄うるものであります。これはまことに国民の試練の時であります。このときに亡びないで、彼らは運命のいかんにかかわらず、永久に亡びないのであります。

越王勾践呉を破りて帰るではありません、デンマーク人は戦いに敗れて家に還ってきました。還りきたれば国は荒れ、財は尽き、見るものとして悲憤失望の種ならざるはなしでありました。「今やデンマークにとり悪しき日なり」と彼らは相互に対していいました。この挨拶に対して「否」と答えうる者は彼らのなかに一人もありませんでした。しかるにここに彼らのなかに一人の工兵士官がありました。彼の名をダルガス(Enrico Mylius Dalgas)といいまして、フランス種のデンマーク人でありました。彼の祖先は有名なるユグノー党の一人でありまして、彼らは一六八五年信仰自由のゆえをもって故国フランスを逐われ、あるいは英国に、あるいはオランダに、あるいはプロイセンに、またあるいはデンマークに逃れ来りし者でありました。ユグノー党の人はいたるところに自由と熱信と勤勉とを運びました。英国においてはエリザベス女王のもとにその今や世界に冠たる製造業を起しました。その他、オランダにおいて、ドイツにおいて、多くの有利的事業は彼らによって起されました。旧き宗教を維持せんとするの結果、フランス国が失いし多くのもののなかに、かの国にとり最大の損失と称すべきものはユグノー党の外国脱出でありました。しかして十九世紀の末に当って彼らはいまだなおその祖先の精神を失わなかったのであります。ダルガス、齢は今三十六歳、工兵士官として戦争に臨み、橋を架し、道路を築き、溝を掘るの際、彼は細かに彼の故国の地質を研究しました。しかして戦争いまだ終らざるに彼はすでに彼の胸中に故国恢復の策を蓄えました。すなわちデンマーク国の欧州大陸に連なる部分にして、その領土の大部分を占むるユトランド(Jutland)の荒漠を化してこれを沃饒の地となさんとの大計画を、彼はすでに彼の胸中に蓄えました。ゆえに戦い敗れて彼の同僚が絶望に圧せられてその故国に帰り来りしときに、ダルガス一人はその面に微笑を湛えその首に希望の春を戴きました。「今やデンマークにとり悪しき日なり」と彼の同僚はいいました。「まことにしかり」とダルガスは答えました。「しかしながらわれらは外に失いしところのものを内において取り返すを得べし、君らと余との生存中にわれらはユトランドの曠野を化して薔薇の花咲くところとなすを得べし」と彼は続いて答えました。この工兵士官に預言者イザヤの精神がありました。彼の血管に流るるユグノー党の血はこの時にあたって彼をして平和の天使たらしめました。他人の失望するときに彼は失望しませんでした。彼は彼の国人が剣をもって失ったものを鋤をもって取り返さんとしました。今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬とをもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました。まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。

ここまでで全体の約40%。残り約11分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(内村鑑三『デンマルク国の話』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

「『デンマルク国の話』は何を書いた作品ですか」

この問いに、内村鑑三はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

第一に戦敗かならずしも不幸にあらざることを教えます。国は戦争に負けても亡びません。
彼は彼の国人が剣をもって失ったものを鋤をもって取り返さんとしました。
デンマークの富は主としてその土地にあるのであります、その牧場とその家畜と、その樅と白樺との森林と、その沿海の漁業とにおいてあるのであります。

名著伴読では、こうした箇所を内村鑑三の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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