一日ひとつ、植物の話題
全文 155,733字・読了の目安 約311分(26節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。
植物一日一題
馬鈴薯とジャガイモ
ジャガタライモ、すなわちジャガイモ(Solanum tuberosum L.)を馬鈴薯ではないと明瞭に理解している人は極めて小数で、大抵の人、否な一流の学者でさえも馬鈴薯をジャガイモだと思っているのが普通であるから、この馬鈴薯の文字が都鄙を通じて氾濫している。が、しかしジャガイモに馬鈴薯の文字を用うるのは大変な間違いで、ジャガイモは断じて馬鈴薯そのものではないことは最も明白かつ確乎たる事実である。こんな間違った名を日常平気で使っているのはおろかな話で、これこそ日本文化の恥辱でなくてなんであろう。
昔といっても文化五年(1808)の徳川時代に小野蘭山という本草学者がいて、ジャガタライモを馬鈴薯であるといいはじめてから以来、今日にいたるまでほとんど誰もこれを否定する者がなく、ジャガタライモは馬鈴薯、馬鈴薯はジャガタライモだとしてこれを口にし、また書物や雑誌などに書き、これをそう肯定しているのが常識となっているが、それは大きな間違いであって、馬鈴薯はけっしてジャガタライモではないぞと今日大声で疾呼し喝破したのは私であったが、しかし蘭山がジャガタライモを馬鈴薯だといった後五年しての文化十年(1813)に大槻玄沢は、この蘭山の考えている馬鈴薯をジャガタライモの漢名とするの説を疑い、これを栗本丹洲に質問したが丹洲もまたその説を疑ったということが白井光太郎博士の『改訂増補日本博物学年表』に出ている。
元来馬鈴薯というものは中国の福建省中の一地方に産する一植物の名で、それが『松溪県志』(松溪県は福建省地方の地名)と題する書物に僅かに載っているが、それがどんな植物であるのかは中国人でさえもこれを知らず、またかろうじての右の県志のほか、ありとあらゆる中国の文献には敢て一つもこれが出ていない。すなわち得体の分らぬ一辺境の中国土産の品で、中国人でさえも一向に知らないオブスキュアの植物である。
しかるにジャガタライモは元来外国産、すなわち南アメリカのアンデス地方の原産のもので、四三三年前の西暦一五六五年に初めて欧州に入り、後ち欧州から東洋に持ち来たされ、ついに我が日本におけると同様に中国にも入りこんだものである。この事実からみても、それが元来の中国植物である馬鈴薯ではあり得ない理屈ではないか。そして中国人はこの外来植物に対して適切な新命名の洋芋(洋とは海外から来た渡り者を意味する)あるいは荷蘭薯(オランダイモの意)などと称えていて、けっしてこれを馬鈴薯などと間違った名では呼んでいない。その間違いを敢てしているものはひとり日本人だけである。これはちょうど馬を指して鹿だといい、人を指して猿だといっているようなものであるから、この馬鈴薯をジャガイモと呼ぶことは躊躇なく早速に廃すべく、したがって馬鈴薯の名は即刻放遂すべきものだ。
さて馬鈴薯そのものの形状は、上の『松溪県志』によれば、
馬鈴薯ハ葉ハ樹ニ依テ生ズ、之レヲ掘リ取レバ形チニ小大アリテ略ボ鈴子ノ如シ、色ハ黒クシテ円ク、味ハ苦甘シ(漢文)
と書いてあるにすぎない。今この文についてみると、馬鈴薯なるものは一つの蔓草で樹木に攀じのぼり、その根を掘ってみると根に大小があって、その形がほぼ鈴のように円く、そしてその色が黒くてその味は苦甘いものだというだけで、その葉の形状もその花の様子もいっさい不明であるが、小野蘭山はこの漫然たる疎漏至極な文に基づいてその馬鈴薯をジャガタライモだとよくも言えたものだ。ジャガイモの茎は誰でも知っているようにけっして樹木に攀じのぼるような蔓ではなく、またその薯は黒色ではなく、また味も苦甘いものではない。だから馬鈴薯の草状は少しもジャガタライモの形状とは一致していない。世人は上の蘭山の謬説に惑わされてほとんど皆が盲となっているのはまことに笑止千万なことで、そのおめでたさを祝する次第である。
今この『松溪県志』の馬鈴薯を想像してみると、まず考えに浮かぶのはマメ科のホドイモ(Apios Fortunei Maxim.)で、あるいはこれを指していっているのではないかと思われんでもない。このホドイモはまた中国にも産するから全く縁がない訳ではない。そしてこのホドイモは中国で九子羊と称しているものと同じであろうと信ずる。この九子羊は呉其濬の『植物名実図考』巻之十九、蔓草類にその図説が出ているので、今ここにそれを転載してみよう。その解説は「九子羊ハ衡山ニ産シ、蔓生細緑茎、葉ハ峨眉豆葉ノ如ク一枝ニ或ハ三葉或ハ五葉、秋ニ淡緑花ヲ開クコト豆花ノ如ク、而シテ内ニ郭アリテ人耳ノ如シ、短角ヲ結ブ、根ハ円クシテ卵ノ如ク数本同ジク生ズ、秋時ニ掘取レバ輒チ多クヲ得、俚医之レヲ用ウ」(漢文)である。またなお中国に土圞児というものがあって『救荒本草』巻之六に出ているが、これはおそらく右の九子羊と同種で単にその名称を異にしているが同じくホドイモであろうと信ずる。そして右『救荒本草』のその文は「土圞児、一名ハ土栗子、新鄭山野ノ中ニ出ヅ、細茎ハ蔓ヲ延テ生ズ、葉ハ荽豆葉ニ似テ微シク尖觥、三葉毎ニ一処ニ攅生ス、根ハ土瓜児根ニ似テ微シク団ク、味ハ甜シ、救飢ニシ根ヲ採リ煮熟シテ之レヲ食フ」(漢文)である。
右から推想してみると、まずまず九子羊ならびに土圞児がいわゆる馬鈴薯にあたるように感ずる。もし果たしてそうだとすれば、とにかく、上の「葉ハ樹ニ依テ生ズ」[葉のある蔓が樹木に寄りすがって登っているの意]の意味とも吻合する。九子羊の根塊は円形で濃褐色だから、それを漫然と黒味がかった色と書いたのだと言えば通らんこともなかろうし、また苦甘はそれを噛んでの腥さい味を不手際に形容して書いたのだと評せば許しておけないこともあるまい。こんなわけで、馬鈴薯は九子羊および土圞児すなわちホドイモであるようだとして、疑を存しておくよりほか今別に致し方もあるまい。つまり福建省の松溪県からその土地でいう馬鈴薯の実物が出て来てくれさえすれば、この問題はたちまち解決せられるのであるが、それは中国の学者の研究に期待したい。
ここまでで全体の約2%。残り約306分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。
出典: 青空文庫(牧野富太郎『植物一日一題』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。
名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。
| 節 | 見出し | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 馬鈴薯とジャガイモ | 約18分 |
| 2 | キツネノヘダマ | 約8分 |
| 3 | 無花果の果 | 約6分 |
| 4 | イチョウの精虫 | 約19分 |
| 5 | 昔の草餅、今の草餅 | 約19分 |
| 6 | 秋海棠 | 約17分 |
| 7 | 茱萸とグミ | 約5分 |
| 8 | ヒルガオとコヒルガオ | 約18分 |
| 9 | ギョリュウ | 約7分 |
| 10 | 万葉歌のツチハリ | 約8分 |
| 11 | 於多福グルミ | 約7分 |
| 12 | 栗とクリ | 約4分 |
| 13 | アスナロノヒジキ | 約10分 |
| 14 | オトコラン | 約19分 |
| 15 | 片葉のアシ | 約5分 |
| 16 | 高野の万年草 | 約20分 |
| 17 | ニギリタケ | 約13分 |
| 18 | 海藻ミルの食べ方 | 約17分 |
| 19 | インゲンマメ | 約5分 |
| 20 | ナガイモとヤマノイモ | 約19分 |
| 21 | サネカズラ | 約19分 |
| 22 | シソのタネ、エゴマのタネ | 約15分 |
| 23 | 三度グリ、シバグリ、カチグリ、ハコグリ | 約9分 |
| 24 | 朝鮮のワングルとカンエンガヤツリ | 約9分 |
| 25 | アオツヅラフジ | 約9分 |
| 26 | 万年芝 | 約9分 |
この問いに、牧野富太郎はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。
一日一題禿筆を呵し、百日百題凡書成る、書成って再閲又三閲、瓦礫の文章菲才を恥ず。
昭和二十一年八月十七日より稿し初め、一日に必ず一題を草し、これを百日欠かさず連綿として続け、終に百日目に百題を了えた。
ジャガイモに馬鈴薯の文字を用うるのは大変な間違いで、ジャガイモは断じて馬鈴薯そのものではないことは最も明白かつ確乎たる事実である。
名著伴読では、こうした箇所を牧野富太郎の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。
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