収録作品 / 名著伴読

牧野富太郎『植物知識』

身近な植物の見方が変わる入門

全文 43,340字・読了の目安 約87分(9節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

まえがき

花は、率直にいえば生殖器である。有名な蘭学者の宇田川榕庵先生は、彼の著『植学啓源』に、「花は動物の陰処の如し、生産蕃息の資て始まる所なり」と書いておられる。すなわち花は誠に美麗で、且つ趣味に富んだ生殖器であって、動物の醜い生殖器とは雲泥の差があり、とても比べものにはならない。そして見たところなんの醜悪なところは一点もこれなく、まったく美点に充ち満ちている。まず花弁の色がわが眼を惹きつける、花香がわが鼻を撲つ。なお子細に注意すると、花の形でも萼でも、注意に値せぬものはほとんどない。

この花は、種子を生ずるために存在している器官である。もし種子を生ずる必要がなかったならば、花はまったく無用の長物で、植物の上には現れなかったであろう。そしてその花形、花色、雌雄蕊の機能は種子を作る花の構えであり、花の天から受け得た役目である。ゆえに植物には花のないものはなく、もしも花がなければ、花に代わるべき器官があって生殖を司っている。(ただし最も下等なバクテリアのようなものは、体が分裂して繁殖する。)

植物にはなにゆえに種子が必要か、それは言わずと知れた子孫を継ぐ根源であるからである。この根源があればこそ、植物の種属は絶えることがなく地球の存する限り続くであろう。そしてこの種子を保護しているものが、果実である。

草でも木でも最も勇敢に自分の子孫を継ぎ、自分の種属を絶やさぬことに全力を注いでいる。だからいつまでも植物が地上に生活し、けっして絶滅することがない。これは動物も同じことであり、人間も同じことであって、なんら違ったことはない。この点、上等下等の生物みな同権である。そして人間の子を生むは前記のとおり草木と同様、わが種属を後代へ伝えて断やさせぬためであって、別に特別な意味はない。子を生まなければ種属はついに絶えてしまうにきまっている。つまりわれらは、続かす種属の中継ぎ役をしてこの世に生きているわけだ。

ゆえに生物学上から見て、そこに中継ぎをし得なく、その義務を怠っているものは、人間社会の反逆者であって、独身者はこれに属すると言っても、あえて差しつかえはあるまいと思う。つまり天然自然の法則に背いているからだ。人間に男女がある以上、必ず配偶者を求むべきが当然の道ではないか。

動物が子孫を継ぐべき子供のために、その全生涯を捧げていることは蝉の例でもよくわかる。暑い夏に鳴きつづけている蝉は雄蝉であって、一生懸命に雌蝉を呼んでいるのである。うまくランデブーすれば、雄蝉は莞爾として死出の旅路へと急ぎ、憐れにも木から落ちて死骸を地に曝し、蟻の餌となる。

しかし雌蝉は卵を生むまでは生き残るが、卵を生むが最後、雄蝉の後を追って死んでゆく。いわゆる蝉と生まれて地上に出でては、まったく生殖のために全力を打ち込んだわけだ。これは草でも、木でも、虫でも、鳥でも、獣でも、人でも、その点はなんら変わったことはない、つまり生物はみな同じだ。

われらが花を見るのは、植物学者以外は、この花の真目的を嘆美するのではなくて、多くは、ただその表面に現れている美を賞観して楽しんでいるにすぎない。花に言わすれば、誠に迷惑至極と歎つであろう。花のために、一掬の涙があってもよいではないか。

花

ボタン

ボタン、すなわち牡丹は中国の原産であるが、今は日本はもとより西洋諸国でも栽培している。

だれでも知っているように、きわめて巨大な美花を開くので有名である。今その栽培してあるものを見ると、その花容、花色すこぶる多様で、紅色、紫色、白色、黄色などのものがあり、また一重咲き、八重咲きもあって、その満開を望むと吾人はいつも、その花の偉容、その花の華麗に驚嘆を禁じ得ない。

牡丹に対し中国人は丹色の花、すなわち赤色のものを上乗としており、すなわち牡丹に丹の字を用いているのは、それがためである。また牡丹の牡は、春に根上からその芽が雄々しく出るから、その字を用いたとある。つまり牡は、盛んな意味として書いたものであろう。今はどうか知らぬが、昔は中国のある地方では、それが荊棘のように繁っていて、原住民はこれを伐採し燃料にしたと書物に書いてある。

牡丹はキツネノボタン科に属するが、この科のものはみな草本であるにかかわらず、独りこの牡丹は落葉灌木である。草木なる芍薬に近縁の種類で、Paeonia suffruticosa Andr. の学名を有している。この種名の suffruticosa は、亜灌木の意である。また Paeonia moutan Sims. の学名もあるが、この種名の Moutan は牡丹の意である。そしてその属名の Paeonia は、Paeon という古代の医者の姓名に基づいたものである。牡丹根皮は薬用となるので、それでこの医者の名をつけた次第であろう。

日本では牡丹の音ボタンが、今日の通名となっている。

古歌にはハツカグサ、ナトリグサの名があり、古名にはフカミグサの名がある。右のハツカグサは二十日草で、これは昔、藤原忠通の歌の、

咲きしより散り果つるまで見しほどに

花のもとにて廿日へにけり

に基づいたもので、つまり牡丹の花の盛りが久しいことを称えたものだ。

一つの花が咲き、次の蕾が咲き、株上のいくつかの花が残らず咲き尽くすまで見て、二十日もかかったというのであろう。いくら牡丹でも、一輪の花が二十日間も萎まず咲いているわけはない。

中国では、牡丹が百花のうちで第一だから、これを花王と唱えた。さらに富貴花、天香国色、花神などの名が呼ばれている。宋の欧陽修の『洛陽牡丹の記』は有名なものである。

牡丹は、樹の高さ通常は九〇~一二〇センチメートルばかりに成長し、まばらに分枝する。春早く芽が出で、葉は互生して葉柄があり、二回、三回分裂して複葉の姿をなしている。五月、枝端に大なる花を開き、花径およそ二〇センチメートルばかりもある。花下にある五萼片は宿存して花後に残り、八片ないし多片の花弁ははじめ内へ抱え込み、まもなく開き、香りを放って花後に散落する。花中に多雄蕊と、細毛ある二ないし五個の子房とがあり、子房は花後に乾いた果実となり、のち裂けて大きな種子が露れる。

ここまでで全体の約6%。残り約82分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(牧野富太郎『植物知識』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1まえがき約19分
2花 カキツバタ約6分
3花 スミレ約7分
4花 サクラソウ約4分
5花 ヒマワリ約4分
6花 ユリ約9分
7花 ハナショウブ約18分
8果実 果実約15分
9あとがき約5分

「『植物知識』は何を書いた作品ですか」

この問いに、牧野富太郎はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

読者諸君を草木に対しては素人であると仮定し、そんな御方になるべく植物趣味を感じてもらいたさに、わざとこんな文章、それは口でお話するようなしごく通俗な文章を書いてみたのである。
もし諸君がこの文章を読んでいささかでも植物趣味を感ぜられ、且つあわせて多少でも植物知識を得られたならば、筆者の私は大いに満足するところである。

名著伴読では、こうした箇所を牧野富太郎の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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