実業家としての心得
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コマ4
〓言惟ふに一國として政治ばかりが發達してもいかず、學術ばかりが進又軍事ばかりが强くなつてもいかず、それ等と伴つ國家の眞正の進步、眞正の文明を期學術ばかりが進步してもいかず、それ等と伴つて國の富が進まなくてはならぬ。するには、何うしても一方に國富の增進を努めなければならない。而して國富の增進を計るには商工業に賴る外はなく、商工業の發達を期するには先づ商工業者の人格を高むることが根本要件である。由來利用厚生と仁義道德とは一致すべからざるものであつて、爲仁則不富、富利に附けば義を得られず、義に賴れば利を得られぬといふ而し由來利用則不仁、利に附けば義を得られず、
コマ5
やうに一般に考へられて居た。是れ商工業者の人格が高まらず、商工業の進まざる根本原因である。故に此の誤れる觀念を一掃し、利殖と仁義は車の兩輪鳥の兩翼の如く相並んで離るべからざるの本義を國民一般の觀念たらしむるに於て、茲に初めて國家の健全なる發達、個人の眞正なる致富を期することが出來るといふ大旨を敷衍したるものが卽ち此の一書である。此の書は澁澤男爵が數年來折りに觸れ機に應じて、各種の新聞雜誌上に口述せられ、或は各種の會合の席上に講演せられたる諸記錄中、特に右の主旨に適應せるものを蒐集して編者が斯く編纂したるものである。故に編中、或は字句の妥當を缺き、或は言說の意を盡さゞる個商工緒所のないとは限るまいが、是れ編者淺學の致す所であれば、幸に之を諒して以て本書の大旨の存する所を領解して貰ひ度い。卽ち讀者が本書に依つて、實業家の本分の何たるか、現代の時弊は那邊に存するか、人格修養の要義は如何、奮鬪努力の根本義は如何等の諸點に於て得る處があり、以て個人として、又國民として、社會國家に對して貢献せらるゝ上に幾分なりとも稗益せらるゝ所あれば、編者の微衷之に過ぎたるはない次第である。幸に之を大正五年十一月編者井上泰岳
コマ10
甚だ畏れ多き事ながら、人生實に夢の如し。御在世當時の事どもを追憶するに尙ほ昨日の事の如く、極めて尊嚴に在しませし御英姿は今尙ほ我々明治天皇の神去り給ひてより既でに五星霜を閱實業家處世訓明治天皇の大御心
コマ11
微臣の眼前に彷彿として仰ぎ奉り、坐ろに感慨禁じ得ざる次第である。本より今や大正の御代として皇謨愈々旺に、諸政に盡させ給ひし絢爛の美は彌や榮へに榮へ行きて、今更ら何等憂へ申すべき謂れはないのであるけれども、折りに觸れ時に觸れては御在世の當時を偲び奉るの情を禁ずることが出來ないのである。明治天皇の御盛德の數々は、本より我々の筆紙に盡し得る所ではないが、就中御在世の砌り屢々下し給ひし勅語中に、「業を進め」、若くば「國を富まし」と宣はせ給ひしこと一再ならざるの一事は、實業界に身を處する我々に取つては特に感激の情に堪へないのである。此の御勅語は歷代の天皇が下し給へる勅語中に稀れに見る所であつて、全大勢全明治天皇の特に大御心を實業の振興に用ひ給ひし結果と推し奉るべきである。由來東洋の道德にては、孝悌忠信を主とし、貨殖の方面の事は寧ろ當然のものとして多く論ぜず、若し之を說く者あれば陋劣の言として排斥する傾きがあつた。此の點は西洋の道德思想と全く其の趣きを異にし、西洋にては孝悌忠信を以て寧ろ人間當然の道と心得、業務を努め、財貨を積み、國富を進むるが如き點に却つて深く注意をして居る。道德の觀念に於て根本的に斯かる差別の存する結果として我が國に於ては業を進め若くは國富を增進する等の點に說き及ぶことは甚だ稀れなりし慣習を、畏くも明治天皇は決然と之を打破し給ひ特に斯る方面に一方ならず大御心を注がせ給ひし結果、御勅語中にも天
コマ12
幾度びか此の點に說き及ぼし給ひしものにして、實に是れ平素實業振興に大御心を注かせ給ひし一端の發露と拜承する次第である。明治の聖代に至り各般の文物駸々と競ひ興り、以て千古未曾有の盛運を拓き、世界に比類なき發達を爲せるもの、蓋し皆明治天皇の御盛德の發揮に外ならざるは申すまでもないのである。抑々貨殖の道は、國家の活力、國威の宣揚、一つに之に繫る所以なれば、獨り實業家の專有すべきものにあらずして、苟も國民たるもの其の職の何たるを問はず擧國一致、以て深く此處に力を注がなければならないのである。然れば茶人の茶器を我物顏に振舞ふ顰に做ひ、貨殖の道こそ我々の天地なれなどと申す次第では本よりないが、身を實業界に置くものとして、明治天皇の御治績中特に此點を囘想し、鴻恩の忝なきに感激せざるを得ないのである。切に御濁溷心人道世第二世道人心溷濁の反面熟々想ふに元和元年に大阪が落城して德川家康公天下を統一し、茲に武を偃せて復た之を用ひざる時代となつて以來、政治の方針は一に孔子〓より出づるに至つたのである。その以前、支那或は西洋に相當の接觸もしたのであるが、會々ゼシユイツト〓徒が日本に對して恐るべき企を持つて居るかに見えた事があつた。或は宗〓に依つて國を奪ふを以て其の趣意として居るなどゝいふ書面が和蘭から來たといふや
コマ13
うな事から、うな事から、海外との接觸を此處に全く斷つて、僅かに長崎の一局部に於てのみ之を許し、內は全く武力を以て之を守り治めた。而して其の武力を以て治める人の遵奉したのは實に孔子〓であつた。修身齊家、治國平天下の大旨を以て國家を統一するといふのが幕府の方針であつた故に武士たるものは、謂はゆる仁義孝悌忠信の道を以て唯一の信念とし、日常行爲の規範として一身を固めたのである。而して仁義道德を以て人を治める者は、生產殖利などの業に關係する者でない、卽ち『仁をなせば富まず、富をなせば仁ならず』の言葉を事實に於て行つたのである。人を治める方は消費者であるから生產には從事しない。生產利殖の事は、人を治め、人を〓ふる者の職分に反するものとして、大謂はゆる武士は食はねど高揚子といふ風を堅く保つたのである。人を治める者は人に養はるゝ者也、故に人の食を喰む者は人の事に死し、人の樂を樂む者は人の憂を憂ふといふのが彼等の本分と考えられて居た。生產利殖は仁義道德に關係のない人の携はるものとされて居たかアリストートルの『總ての商業は罪惡なり』との言が自然に一般國民の觀念となつて居たのである。是が殆んど三百年間の風をなした。それも初めの間は極く簡易な方法で宜かつたかも知れないが、次第に知識は減じ、氣力は衰へ、形式のみ繁多になり、遂に武士の精神廢り、商人は卑屈になつて、虛僞橫行の世の中とまで墮落するに至つた有樣であつた。濁溷心人道世
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出典: 青空文庫(渋沢栄一『実業家処世訓』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。
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| 節 | 見出し | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | コマ4 | 約20分 |
| 2 | コマ26 | 約19分 |
| 3 | コマ42 | 約20分 |
| 4 | コマ59 | 約19分 |
| 5 | コマ75 | 約19分 |
| 6 | コマ91 | 約19分 |
| 7 | コマ107 | 約19分 |
| 8 | コマ123 | 約20分 |
| 9 | コマ140 | 約19分 |
| 10 | コマ156 | 約19分 |
| 11 | コマ172 | 約19分 |
| 12 | コマ188 | 約19分 |
| 13 | コマ204 | 約19分 |
| 14 | コマ220 | 約15分 |
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