短い断章に観察と思索が詰まった随筆集
全文 69,349字・読了の目安 約139分(8節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。
自序
大正九年ごろから、友人松根東洋城の主宰する俳句雑誌「渋柿」の巻頭第一ページに、「無題」という題で、時々に短い即興的漫筆を載せて来た。中ごろから小宮豊隆が仲間入りをして、大正十四、五年ごろは豊隆がもっぱらこの欄を受け持った。昭和二年からは、豊隆と自分とがひと月代わりに書くことになった。昭和六年からは「曙町より」という見出しで、豊隆の「仙台より」と、やはりだいたいひと月代わりに書いて来た。それがだんだんに蓄積してかなりの分量になった。
今度、もと岩波書店でおなじみの小山二郎君が、新たに出版業をはじめるというので、この機会にこれらの短文を集めて小冊子を、同君の店から上梓するようにしないかとすすめられた。
元来が、ほとんど同人雑誌のような俳句雑誌のために、きわめて気楽に気ままに書き流したものである。原稿の締め切りに迫った催促のはがきを受け取ってから、全く不用意に机の前へすわって、それから大急ぎで何か書く種を捜すというような場合も多かった。雑誌の読者に読ませるというよりは、東洋城や豊隆に読ませるつもりで書いたものに過ぎない。従って、身辺の些事に関するたわいもないフィロソフィーレンや、われながら幼稚な、あるいはいやみな感傷などが主なる基調をなしている。言わば書信集か、あるいは日記の断片のようなものに過ぎないのである。しかし、これだけ集めてみて、そうしてそれを、そういう一つの全体として客観して見ると、その間に一人の人間を通して見た現代世相の推移の反映のようなものも見られるようである。そういう意味で読んでもらえるものならば、これを上梓するのも全く無用ではあるまいと思った次第である。
これらの短文の中のあるものは、その後に自分の書いた「他処行き」の随筆中に、少しばかりちがった着物をきて現われているのもある。しかし、重複を避けるためにこれを取り除くとすると、この集の内容の自然な推移の連鎖を勝手に中断することになって、従って一つの忠実な記録としてのこの集の意味を成さぬことになるから、やはり、そういうのもかまわず残らず採録して、実際の年月順に並べることにした。
中には、ほんの二、三ではあるが、「無題」「曙町より」とは別の欄に載せた短文や書信がある。これも実質的には全く同じものであるから、他のものといっしょにして年月の順に挿入することにした。
大正十三年ごろの「無題」に、ページの空白を埋めるために自画のカットを入れたのがある。その中の数葉を選んでこの集の景物とする。これも大正のジャーナリズムの世界の片すみに起こった、ささやかな一つの現象の記録というほかには意味はない。
この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。(昭和八年六月、『柿の種』)
短章 その一
棄てた一粒の柿の種
生えるも生えぬも
甘いも渋いも
畑の土のよしあし
*
日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
このガラスは、初めから曇っていることもある。
生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。
しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。
穴を見つけても通れない人もある。
それは、あまりからだが肥り過ぎているために……。
しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。
まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。(大正九年五月、渋柿)
*
宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。
すると、土くれの分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太陽とが生まれ、アミーバと三葉虫とアダムとイヴとが生まれ、それからこの自分が生まれて来るのをまざまざと見た。
……そうして自分は科学者になった。
しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。
と思うと、知らぬ間に自分の咽喉から、ひとりでに大きな声が出て来た。
その声が自分の耳にはいったと思うと、すぐに、自然に次の声が出て来た。
声が声を呼び、句が句を誘うた。
そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。
……そうして自分は詩人になった。(大正九年八月、渋柿)
*
根津権現の境内のある旗亭で大学生が数人会していた。
夜がふけて、あたりが静かになったころに、どこかでふくろうの鳴くのが聞こえた。
「ふくろうが鳴くね」
と一人が言った。
するともう一人が
「なに、ありゃあふくろうじゃない、すっぽんだろう」
と言った。
彼の顔のどこにも戯れの影は見えなかった。
しばらく顔を見合わせていた仲間の一人が
「だって、君、すっぽんが鳴くのかい」
と聞くと
「でもなんだか鳴きそうな顔をしているじゃないか」
と答えた。
皆が声を放って笑ったが、その男だけは笑わなかった。
彼はそう信じているのであった。
その席に居合わせた学生の一人から、この話を聞かされた時には、自分も大いに笑ったのではあったが、あとでまたよくよく考えてみると、どうもその時にはやはりすっぽんが鳴いたのだろうと思われる。
……過去と未来を通じて、すっぽんがふくろうのように鳴くことはないという事が科学的に立証されたとしても、少なくも、その日のその晩の根津権現境内では、たしかにすっぽんが鳴いたのである。(大正九年九月、渋柿)
ここまでで全体の約3%。残り約134分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。
出典: 青空文庫(寺田寅彦『柿の種』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。
名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。
| 節 | 見出し | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 自序 | 約22分 |
| 2 | 短章 その一 | 約17分 |
| 3 | 短章 その一 最上川象潟以後 | 約20分 |
| 4 | 短章 その一 曙町より(三) | 約19分 |
| 5 | 短章 その一 曙町より(二十) | 約10分 |
| 6 | 短章 その二 | 約20分 |
| 7 | 短章 その二 学会 | 約8分 |
| 8 | 短章 その二 ノルマンディー | 約22分 |
この問いに、寺田寅彦はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。
従って一つの忠実な記録としてのこの集の意味を成さぬことになるから、やはり、そういうのもかまわず残らず採録して、実際の年月順に並べることにした。
この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。
しかし、かの売り子がおまけにくれた鳳仙花だけは、実にみごとに生長して、そうして鳳仙花とは思われないほどに大きく美しく花を着けた。
名著伴読では、こうした箇所を寺田寅彦の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。
名著伴読は青空文庫および各著者の関係団体とは無関係の非公式アプリです。