収録作品 / 名著伴読

柳宗悦『手仕事の日本』

各地の手仕事を訪ねた記録

全文 116,423字・読了の目安 約233分(15節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

序

この一冊は戦時中に書かれました。記してある内容は大体昭和十五年前後の日本の手仕事の現状を述べたものであります。戦争はおそらく多くの崩壊を手仕事の上に齎らしたと思います。それ故私がここに記録したものの中には、終戦後の今日では、既に過去のものとなったものが見出されます。例えば沖縄の場合の如き今では想い出語りとなったものが多いでありましょう。しかしどの地方においても、失われた幾許かのものは、必ずや起ち上る日があるに違いありません。

今は特に工藝の面で日本を樹て直さねばならぬ時に来ました。今後手仕事の要求はいよいよ深く感じられるでありましょう。幸か不幸か今に至ってその意義を深く省るべきよき機会が到来したと思えます。日本は手仕事の日本を更に活かさねばなりません。それ故この一冊は戦争直前の日本を語ったものではありますが、戦後においてかえって必要とされる案内書となるかと思われます。仮令幾許かの部分は、現在を語り得なくなったとはいえ、追憶すべき記録として、私はそのままにして版に附します。そうしてこの本を通し、どの地方にどんな伝統があるかを顧み、そこに根ざして新しい発足を促し得るなら、著者にとってどんなに感謝すべきことでありましょう。

終りにこの本の出版にまつわる一、二のことを書き添えます。この本はもう三年前に書き終えて、日本出版文化協会の規定によって検閲を受けました。今から想うと笑い草にもなりますが、幾多の言葉が不穏当だというので、修正を受けました。例えば佐渡が島を語る時、順徳帝のことに言い及びましたら「絶対削除」と朱を加えられました。地理を述べる時、「日本は朝鮮のような半島ではなく島国である」と記しましたら、朝鮮云々の数語は抹殺されました。岐阜提灯には、「強さの美はないが、平和を愛する心の現れがある」と書きましたら、平和の二字は用ゆべからざるものとされました。その他種々。こうしてやっと検閲者の眼に穏当となった原稿は、東雲堂の手で組版にかかりました。しかし幸か不幸か戦争はその完了を困難にしました。そうして他に種々な事情も加わり一旦仕事は中止され、出版は新しく靖文社の手へ移されました。かくするうちに戦争は終結し、厳しい統制は崩壊し、「文協」もまた程なく解体しました。私は再び原稿を校訂し、多くの増補修正を施して、面目を一新する機会を得ました。

元来この本は若い青少年を目当に書いたので、なるべく平易な叙述を心掛けましたが、この種の書き方に慣れぬため、不充分な結果に終ったことを本意なく思います。むしろ一般の人々へ常識の本として更に役立つのかと思います。本書の意図については巻末の後記に記しました。

準備された沢山の小間絵は不幸にして戦災を受け悉く烏有に帰しました。そのため再び芹沢銈介君の手を煩わして、凡てを描き改めて貰わねばなりませんでした。しかも前よりも一段と数多くのものが届けられました。これらの小間絵はきっと読者の目を楽しませることと思います。その組入れ方は必ずしも本文に該当する個所に差入れたのではありません。ほぼ国別にして順次に挟んだものであります。

今から想えばこの本の草稿が災禍を免れて無事なるを得たのは大きな恵みでありました。ただこれとほとんど同時に出すはずでありました更に大きな著書『民藝図録、現在篇』は、不幸にも原稿の全部が灰燼に帰しました。長年の努力に成っただけに深い痛手でありました。この本の最もよい参考書となるはずでありましたので、心惜しく思います。

本書の出版に関して厚誼を受けた新井直弥、南方靖一郎の両氏に、また補筆のため私に静かな室を与えられた斎藤一二君に厚い謝意を表したく思います。校正その他荒木道子さんに負うところが大きいのも書き添えねばなりません。

昭和廿一年正月下浣

総州九十九里浜の寓居にて

著者

前書 手仕事の国

貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか、今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを。確に見届けたその事実を広くお報らせするのが、この本の目的であります。西洋では機械の働きが余りに盛で、手仕事の方は衰えてしまいました。しかしそれに片寄り過ぎては色々の害が現れます。それで各国とも手の技を盛返そうと努めております。なぜ機械仕事と共に手仕事が必要なのでありましょうか。機械に依らなければ出来ない品物があると共に、機械では生れないものが数々あるわけであります。凡てを機械に任せてしまうと、第一に国民的な特色あるものが乏しくなってきます。機械は世界のものを共通にしてしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、出来る品物が粗末になりがちであります。それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかく悦びを奪ってしまいます。こういうことが禍いして、機械製品には良いものが少くなってきました。これらの欠点を補うためには、どうしても手仕事が守られねばなりません。その優れた点は多くの場合民族的な特色が濃く現れてくることと、品物が手堅く親切に作られることとであります。そこには自由と責任とが保たれます、そのため仕事に悦びが伴ったり、また新しいものを創る力が現れたりします。それ故手仕事を最も人間的な仕事と見てよいでありましょう。ここにその最も大きな特性があると思われます。仮りにこういう人間的な働きがなくなったら、この世に美しいものは、どんなに少くなって来るでありましょう。各国で機械の発達を計ると共に、手仕事を大切にするのは、当然な理由があるといわねばなりません。西洋では「手で作ったもの」というと直ちに「良い品」を意味するようにさえなってきました。人間の手には信頼すべき性質が宿ります。

欧米の事情に比べますと、日本は遥かにまだ手仕事に恵まれた国なのを気附きます。各地方にはそれぞれ特色のある品物が今も手で作られつつあります。例えば手漉きの紙や、手轆轤の焼物などが、日本ほど今も盛に作り続けられている国は、他には稀ではないかと思われます。

ここまでで全体の約2%。残り約228分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(柳宗悦『手仕事の日本』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1序約7分
2第一章 品物の背景 自然約11分
3第二章 日本の品物 現在の事情約7分
4第二章 日本の品物 関東約20分
5第二章 日本の品物 東北(1/3)約19分
6第二章 日本の品物 東北(2/3)約20分
7第二章 日本の品物 東北(3/3)約8分
8第二章 日本の品物 中部約19分
9第二章 日本の品物 北陸約16分
10第二章 日本の品物 近畿約19分
11第二章 日本の品物 中国約22分
12第二章 日本の品物 四国約15分
13第二章 日本の品物 九州約19分
14第二章 日本の品物 沖縄約10分
15第三章 品物の性質 三つの問題約20分

「『手仕事の日本』は何を書いた作品ですか」

この問いに、柳宗悦はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか、今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを。確に見届けたその事実を広くお報らせするのが、この本の目的であります。
機械に依らなければ出来ない品物があると共に、機械では生れないものが数々あるわけであります。
その優れた点は多くの場合民族的な特色が濃く現れてくることと、品物が手堅く親切に作られることとであります。

名著伴読では、こうした箇所を柳宗悦の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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