民藝の考え方を短く説く入門
全文 32,002字・読了の目安 約64分(6節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。
第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか
一 民藝とはいかなる意味か
工藝の諸問題のうちで、過去に対しても将来に向っても、一番意味深い対象となるのは民藝の問題なのです。美の問題からしても経済の問題からしても、これ以上に根本的な工藝問題はないのです。何故なら工藝の鑑賞に浸る時、またはその真理を追求する時、誰もこの領域に帰って来るからです。「民藝品たること」と「工藝品たること」との間には、密接な関係が潜むからです。工藝が実用を生命とする限り、民藝をこそ工藝中の工藝と呼ばねばなりません。それ故何人もこの問題に触れることなくしては、工藝論を組み立てることができないのです。
しかるに今日までこの領域が真理問題として明確に取り扱われたことはないのです。もし正当にその意義が認識せられたら、工藝の歩むべき方向について、またそれを顧みるべき批判の原理について、一つの標的を捕え得るでしょう。だが多くの人々にとって、それは見慣れない世界であるに違いないのです。それ故私はできるだけ平易な言葉のうちに、順を追って目撃した真理を記してゆこうと思うのです。恐らく何事よりも字句の意味から筆を起すのが至当かと思われます。
民藝とは民衆が日々用いる工藝品との義です。それ故、実用的工藝品の中で、最も深く人間の生活に交る品物の領域です。俗語でかかるものを「下手」な品と呼ぶことがあります。ここに「下」とは「並」の意。「手」は「質」とか「類」とかの謂。それ故民藝とは民器であって、普通の品物、すなわち日常の生活と切り離せないものを指すのです。
それ故、不断使いにするもの、誰でも日々用いるもの、毎日の衣食住に直接必要な品々。そういうものを民藝品と呼ぶのです。したがって珍らしいものではなく、たくさん作られるもの、誰もの目に触れるもの、安く買えるもの、何処にでもあるもの、それが民藝品なのです。それ故恐らくこれに一番近い言葉は「雑器」という二字です。昔はこれ等のあるものを雑具とも呼びました。
したがってかかるものは富豪貴族の生活には自然縁が薄く、一般民衆の生活に一層親しい関係をもっています。それ故、実用品の代表的なものは「民藝品」です。例えば御殿は王侯の造営物であり、民家は民衆の建物でいわば建物の中の民藝です。例えば金地襖の彩画は貴族的な絵ですが、大津絵の如きは「民画」とも呼ぶべくいわば民間の画です。民家、民器、民画、私はそれ等のものを総称して「民藝」と呼ぼうと思います。
しかし民藝品はごく普通のもの、いわゆる上等でないものを指すため、ひいては粗末なもの、下等なものという聯想を与えました。実際高級な品、すなわち上等品に対してこの言葉を用いる時が多いため、雑器など云うと侮蔑の意に転じています。つまらぬもの、やくざなもの、安ものを意味しています。このためか今日まで民藝品は工藝史の中に正当な位置を有つことができず、愛を以て顧みる者がほとんどなかったのです。
ですがこれは官尊民卑の余弊とも云いましょうか。富貴なものにのみ美を認める見方は、極めて貧しい習慣に過ぎないのです。ごく並のものであるから、外形の上や用途の上では、上等でないかも知れませぬが、美から云っても粗末だというのは、許し難い不注意なのです。私はこれからそういう粗悪だという聯想が、はなはだ間違っているということを、漸次に述べようとするのです。それ故「つまらぬもの」という粗雑な見方を取り去るために、どうしても民藝の性質を正しく解しておかねばなりません。
さて、民衆的工藝と貴族的工藝と、どういう区別があるか、その性質の違いはどこにあるか。大体左の通りに考えてくださっていいのです。民藝品は民間から生れ、主に民間で使われるもの。したがって作者は無名の職人であり、作物にも別に銘はありません。作られる数もはなはだ多く、価格もまた低く、用いられる場所も多くは家族の住む居間やまた台所。いわゆる「手廻り物」とか「勝手道具」とか呼ばれるものが多く、自然姿も質素であり頑丈であり、形も模様もしたがって単純になります。作る折の心の状態も極めて無心なのです。とりわけ美意識等から工夫されるものではありません。材料も天然物であり、それも多くはその土地の物資なのです。目的も皆実用品で、直接日々の生活に必要なものばかりなのです。製作の組織は多くは組合。これが民藝の世界なのです。
これに対し貴族的なものは、上等品であり貴重品です。したがって数は多くできず、また金額も高価になります。作る者は多くは名工。それ故、器には在銘のものが多いのです。用いる人は貴族や富者です。実用品というよりも飾り物が多く、必然置かれる場所も客間や床の間。姿は絢爛であり、丹念であり、複雑なのです。技巧は精緻を誇り、作る者も工夫し加工し、意識して作ります。材料も珍らしきもの、精製したものをと選びます。製作の組織は多くは官や富者の保護によります。こういうものがいわゆる貴族品の性質なのです。俗語でこれ等のものを「上手物」と云いますが、これはもとより「下手物」に対する言葉なのです。
一方が「民」なら、一方は「官」です。一方を民本的と云い得るなら、他は貴族的なのです。前者を協団的と云い得るなら、後者は個人的とも云えます。一つは「通常」の世界に住み、一つは「特殊」の世界に活きます。一方は「無想」に生れ、一方は「有想」に発し、前者は「平常心」を示し、後者は「分別心」を語ります。
あるいはこれ等の対比を、実用を旨としてできる「工藝」と、美を旨としてできる「工藝美術」とに分けてくださってもいいのです。前者は生活と直接関係があるものであり、後者はむしろ生活を遊離したものとなってきます。したがって一方は民衆の生活と交り、他方は富貴の生活に入ってゆきます。自然前者が民藝の世界であり、後者が特別品の領域となります。
または作る者の側から見て、これ等の区別を職人の作と、美術家の作とに分けて考えてくださってもいいわけです。例えば同じ茶器と云いましても、いわゆる「井戸」は前者であり、「楽」は後者なのです。よしその二つの間に形の近似があっても、全く出発が異るのです。一方はその地方の、またはその時代の誰でもが携わったものであり、他方は美意識を有った特殊な作者のみの世界なのです。私達はそれ等の二つを一つの世界で説くことはできないのです。
ここまでで全体の約8%。残り約59分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。
出典: 青空文庫(柳宗悦『民芸とは何か』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。
名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。
| 節 | 見出し | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか 一 民藝とはいかなる意味か | 約6分 |
| 2 | 第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか 二 何故特に民藝が論ぜられねばならぬか | 約10分 |
| 3 | 第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか 三 誰が民藝の美を最初に認めたか | 約7分 |
| 4 | 第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか 四 私達は民藝の美に盲目であっていいか | 約6分 |
| 5 | 第一篇 なぜ民藝に心を惹かれているか 五 何故私達に民藝の美が認識されるに至ったか | 約7分 |
| 6 | 第二篇 民藝から何を私が学び得たか 一 民藝の美はいかなる世界を示しているか | 約28分 |
この問いに、柳宗悦はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。
民藝とは民衆が日々用いる工藝品との義です。それ故、実用的工藝品の中で、最も深く人間の生活に交る品物の領域です。
それ故私はできるだけ平易な言葉のうちに、順を追って目撃した真理を記してゆこうと思うのです。
それ故、不断使いにするもの、誰でも日々用いるもの、毎日の衣食住に直接必要な品々。そういうものを民藝品と呼ぶのです。
名著伴読では、こうした箇所を柳宗悦の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。
名著伴読は青空文庫および各著者の関係団体とは無関係の非公式アプリです。