収録作品 / 名著伴読

柳宗悦『民芸四十年』

運動の歩みと思索

全文 165,895字・読了の目安 約332分(24節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

朝鮮の友に贈る書

私の知れる、または見知らぬ多くの朝鮮の友に、心からのこの書翰を贈る。情の日本は今かくするようにと私に命じている。私は進み出て、もだし難いこの心を貴方がたに話し掛けよう。これらの言葉が受け容れられる事を、私はひそかに信じたい。もしこの書を通して二つの心が触れ得るなら、それはどんなにか私にとっての悦びであろう。貴方がたもその淋しい沈黙を、私の前には破ってほしい。人はいつも心を語る友を求めている。特に貴方がたの間においては、人間の愛が心の底から求められているのだと、私は想う。かく想う時、どうして私はこの訪れを果さずにいられよう。貴方がたもこの書翰を手にして、私に答える事を躇っては下さらぬであろう。私はそれを信じたい。

一

私はこの頃、ほとんど朝鮮の事にのみ心を奪われている。何故かくなったかは私には説き得ない。どこに情を説き得る充分な言葉があろう。貴方がたの心持ちや寂しさを察する時、人知れぬ涙が私の眼ににじんでくる。私は今貴方がたの運命を想い、顧みてまたこの世の不自然な勢いを想う。あり得べからざる出来事が目前に現れている。私の心は平和ではあり得ない。心が貴方がたに向う時、私も共に貴方がたの苦しみを受ける。何ものか見知らぬ力が私を呼ぶように思う。私はその声を聞かないわけにはゆかぬ。それは私の心から人間の愛を目覚ましてくれた。情愛は今私を強く貴方がたに誘う。私は黙してはいられない。どうして貴方がたに近づく事がいけないのであろう。親しさが血に湧き上る時、心は心に話し掛けたいではないか。出来得るなら、私は温かくこの手をさえさし出したい。かかることはこの世において自然な求めだと、貴方がたも信じて下さるだろう。

人は生れながらに人を恋している。憎しみや争いが人間の本旨であり得ようはずがない。様々な不純な動機のために国と国とは分れ、心と心とが離れている。不自然さの勢いが醜い支配に慠っている。しかし永続し得る不自然さが何処にあり得よう。凡ての心は自然へと帰りたがっている。凡てが自然に帰るならば、愛はもっと繁く吾々の間を通うはずだと私は思う。何事か不自然な力が、吾々を二つに裂いているのである。

「汝曹互に愛せよ」と教えはいう。しかしかかる教えが現れるよりも先に、人情は生れながらに「互を愛したい」と求めていると私は想う。愛は聖者の教えであるが故に深いのではない。人情に基くが故にその教えが深いのである。人が自然な人情のままに活き得たら、この世はどんなにか温かいであろう。この世に真に貴いものは、権力でもなく知識でもない。それは一片の温かい人情であるといつも想う。しかし何が故か、人情の生活は踏みにじられて、金や武力が世を支える柱だと考えられる。かかる勢いはさながら「互を憎め」とさえいうように見える。国と国とはいつも戦いの用意を怠らない。しかし人情に背くかかる勢いが、どうして永遠な平和や幸福の贈り手であり得よう。ただかかる不自然さが蔓るばかりに、心が心から本意なくも裂かれているのである。長い間代る代るの武力や威圧のために、どこまでも人情を踏みつけられた朝鮮の歴史を想う時、私は湧き上る涙を抑え得ない。

朝鮮は今寂しく苦しんでいる。巴紋の旗は高く翻らず、春は来るとも李華は永えにその蕾を封じるようである。固有の文化は日に日に遠く、生れ故郷から消え去ってゆく。幾多の卓越した文明の事跡は、ただ過去の巻にのみ読まれている。往く人々の首はうな垂れ、苦しみや怨みがその眉に現れている。話しする声さえ、今はその音が低く、民は日光を厭って暗い陰に集るようである。如何なる勢いが貴方がたをかくはさせたのであるか。私は貴方がたの心や身が、どんなに暗い気持ちに蔽われているかを、察しないわけにはゆかない。貴方がたにはさぞ血の涙があるであろう。人は大かたの苦しみは忍ぶ事も出来よう。しかし愛と自由とを欠く処には、どうしても住む事が出来ないのである。ただに貴方がたばかりではない。この世の如何に多くの人々がかかるものを追い求めて、どれだけしばしばその故郷をさえ棄てて、あてどもなくさすらいの旅に出たであろう。凡ての人は自由な空気を求めている。人情の温かさを慕っている。私は是を想い彼を想い、抑え得ない同情を貴方がたに感じている。かつて何処の国に情に基く政治があったであろう。愛による武力があったであろう。争いは道徳に欠け、戦いはいつの場合にも宗教を持たない。この事は真理を知る民にとっては苦痛である。私は日本がいつも正しく温かい日本である事を希う。もし無情な行いに慠る事があるなら、その時、日本は宗教の日本ではあり得ない。今日不幸にも国と国との関係は、まだ道徳の域にすら達していない。いわんやその間に宗教的な愛が保たれようはずがない。もろもろの不正や罪悪が時として国家の名によって弁護される。いつも真理に国家が従うのではない。国家に真理が順応し変化されるのである。かくてしばしばこの世には不自然な勢いが白昼を歩くのである。人は多くその罪を疑ってはいない。それは避け難い不完全な世の出来事としていつも看過される。しかしかかる行いのために苦しむ民がここにあるなら、それは一国の恥辱であり、また人類への侮辱であろう。正しい日本はかかる行いを改めるのに憚る事があってはならぬ。吾々はいつも真理にまで国家を高めたいと希うのである。私はそれが私自身の行いでないとはいえ、少くともある場合日本が不正であったと思う時、日本に生れた一人として、ここに私はその罪を貴方がたに謝したく思う。私はひそかに神に向ってその罪の許しを乞わないではいられない。日本が神の国において罪深いものとして見られる事は、私の忍び得る所ではない。私は日本の栄誉のためにも、吾々の故国を宗教によって深めたい。私は目撃者ではないとはいえ、様々な酷い事が貴方がたの間に行われたのを耳にする時、私の心は痛んでくる。それを無言のうちに堪え忍ばねばならぬ貴方がたの運命に対して、私は何というべきかを知らない。私は心ひそかに許しを求めながら、こう心に囁いているのである。「もし日本が不正であるならば、いつか日本の間から貴方がたの味方として起つ者が出るにちがいない。真の日本は決して暴虐を欲してはいないのである。少くとも未来の日本は人道の擁護者でありたいと希っているのである」と。貴方がたはかかる声を信じては下さらぬだろうか。

ここまでで全体の約2%。残り約327分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(柳宗悦『民芸四十年』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1朝鮮の友に贈る書約31分
2失われんとする一朝鮮建築のために約15分
3木喰上人発見の縁起 一約21分
4雑器の美 序約20分
5工藝の美 一約27分
6工藝の協団に関する一提案約16分
7大津絵の美とその性質 一約13分
8雑誌『工藝』発足約4分
9民藝の趣旨 一 民藝の語義約17分
10日本民藝館案内 一 生立約14分
11琉球の富 序約4分
12琉球の富 墳墓約5分
13琉球の富 首里約4分
14琉球の富 本葺瓦約12分
15琉球の富 音楽約8分
16琉球の富 琉装約9分
17琉球の富 織物約5分
18琉球の富 陶器約4分
19琉球の富 彫刻約18分
20琉球の富 九約7分
21美の法門 一約25分
22利休と私約15分
23蒐集の弁約16分
24日本の眼 一約20分

「『民芸四十年』は何を書いた作品ですか」

この問いに、柳宗悦はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

それで私の著述ではあっても、一面そうでない所がある。こうして配列されて見ると、なる程こんな順序で自分の仕事や思想が発展したのかと、他人事のように初めて想い返すような次第であった。
この本で見ると私と物との縁もなかなか過去が深く、朝鮮工藝(明治末から大正にかけ)―木喰仏(大正末から昭和初めにかけ)―諸国民藝品(昭和初め頃から今日に及ぶ)―美術館の建設―沖縄訪問―茶の湯の問題―美の問題、こういう順序になった。
出版者から『民藝四十年』という本を編んでくれといわれた。いわれてみると、なるほど半世紀近くになる。

名著伴読では、こうした箇所を柳宗悦の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

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