収録作品 / 名著伴読

柳田國男『遠野物語』

遠野に伝わる話を簡潔に記した古典

全文 39,403字・読了の目安 約79分(7節)。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの5分)

初版序文

この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分をりをり訪ね来たり、この話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。思ふに遠野郷にはこの類の物語なほ数百件あるならん。われわれはより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所には、また無数の山神山人の伝説あるべし。願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広のみ。

昨年八月の末自分は遠野郷に遊びたり。花巻より十余里の路上には町場三か所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりもはなはだし。あるいは新道なるがゆゑに民居の来たりつける者少なきか。遠野の城下はすなはち煙花の街なり。馬を駅亭の主人に借りて独り郊外の村々を巡りたり。その馬は黔き海草をもちて作りたる厚総を掛けたり。虻多きためなり。猿が石の渓谷は土肥えてよく拓けたり。路傍に石塔の多きこと諸国その比を知らず。高処より展望すれば早稲まさに熟し、晩稲は花盛りにて水はことごとく落ちて川にあり。稲の色合ひは種類によりてさまざまなり。三つ四つ五つの田を続けて稲の色の同じきは、すなはち一家に属する田にして、いはゆる名処の同じきなるべし。小字よりさらに小さき区域の地名は、持主にあらざればこれを知らず。古き売買譲与の証文には常に見ゆるところなり。附馬牛の谷へ越ゆれば早池峰の山は淡く霞み、山の形は菅笠のごとく、また片かなのへの字に似たり。この谷は稲熟することさらに遅く満目一色に青し。細き田中の道を行けば名を知らぬ鳥ありて雛を連れて横ぎりたり。雛の色は黒に白き羽まじりたり。始めは小さき鶏かと思ひしが、溝の草に隠れて見えざればすなはち野鳥なることを知れり。天神の山には祭りありて獅子踊りあり。ここにのみは軽く塵たち、紅き物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。獅子踊りといふは鹿の舞ひなり。鹿の角をつけたる面をかぶり童子五、六人剣を抜きてこれと共に舞ふなり。笛の調子高く歌は低くして側にあれども聞きがたし。日は傾きて風吹き酔ひて人呼ぶ者の声も淋しく女は笑ひ児は走れどもなほ旅愁を奈何ともするあたはざりき。盂蘭盆に新しき仏ある家は、紅白の旗を高く揚げて魂を招く風あり。峠の馬上において東西を指点するに、この旗十数か所あり。村人の永住の地を去らんとする者と、かりそめに入り込みたる旅人と、またかの悠々たる霊山とを黄昏は徐に来たりて包容し尽くしたり。遠野郷には八か所の観音堂あり。一木をもちて作りしなり。この日報賽の徒多く、岡の上に燈火見え伏鉦の音聞こえたり。道ちがへの叢の中には雨風祭りの藁人形あり。あたかもくたびれたる人のごとく仰臥してありたり。以上は自分が遠野郷にて得たる印象なり。

思ふにこの類の書物は少なくも現代の流行にあらず。いかに印刷が容易なればとて、こんな本を出版し自己の狭隘なる趣味をもちて他人に強ひんとするは、無作法の仕業なりといふ人あらん。されどあへて答ふ。かかる話を聞きかかる処を見て来て後、これを人に語りたがらざる者はたしてありや。そのやうな沈黙にしてかつ慎み深き人は、少なくも自分の友人の中にはあることなし。いはんやわが九百年前の先輩『今昔物語』のごときは、その当時にありてすでに今は昔の話なりしに反し、これはこれ目前の出来事なり。たとへ敬虔の意と誠実の態度とにおいては、あへて彼を凌ぐことを得と言ふあたはざらんも、人の耳を経ること多からず、人の口と筆とを倩ひたることはなはだわづかなりし点においては、彼の淡泊無邪気なる大納言殿かへつて来たり聴くに値せり。近代の御伽百物語の徒に至りてはその志やすでに陋かつ決してその談の妄誕にあらざることを誓ひ得ず。ひそかにもつてこれと隣を比するを恥とせり。要するにこの書は現在の事実なり。単にこれのみをもつてするも立派なる存在理由ありと信ず。ただ鏡石子は年わづかに二十四五、自分もこれに十歳長ずるのみ。今の事業多き時代に生まれながら、問題の大小をもわきまへず、その力を用ゐる所当を失へりと言ふ人あらば如何。明神の山の木兎のごとく、あまりにその耳を尖らしあまりにその眼を丸くしすぎたりと責むる人あらば如何。はて是非もなし。この責任のみは自分が負はねばならぬなり。

おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろふ笑ふらんかも

柳田 国男

再版覚え書き

前版の『遠野物語』には番号が打ってある。私はその第一号から順に何冊かを、話者の佐々木君に送った記憶がある。その頃友人の西洋に行っている者、またこれから出かけようとしている者が妙に多かったので、その人たちに送ろうと思って、あのような扉の文字(注―此書を外国に在る人々に呈す)を掲げた。石黒忠篤君が船中でこの書を読んで、詳しい評をしてよこされた手紙などは、たしかまだどこかに保存してある。外国人の所蔵に属したものも、少なくとも七、八部はある。その他の三百ばかりも、ほとんど皆親族と知音とに頒けてしまった。全くの道楽仕事で、最初から市場にお目見えをしようとはしなかったのである。

この書の真価以上に珍重せられた理由はこれだと思う。今度も同じような動機で覆刻を急ぐことになったのだが、以前にも私は写しますなどという人がおりおりはあるので、多少の増訂をして二版を出そうと思い、郷土研究社にはその予告をさせ、かつ古本商には警告を与え、佐々木君にはもっと材料があるなら送ってくるように言ってやった。同君も大いに悦び、手帖にあるだけを全部原稿紙に清書して、ある時持って来て、どさりと私の机の上に置いた。これを読んでみるとなかなか面白いが、なにぶんにも数量が多く、また重複があり出したくないものがまじっている。これを選りわけて種類を揃え、字句を正したり削ったりするために、自分でもう一度書き改めようとした。あるいはきたなくとも元の文章に朱を加えた方が早かったかもしれない。自分の原稿がまだ半分ほどしか進まぬうちに、待ちかねて佐々木君が『聴耳草紙』を出してしまった。

ここまでで全体の約6%。残り約74分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

『遠野物語』の続きを読む

出典: 青空文庫(柳田國男『遠野物語』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

節ごとの読了の目安

名著伴読は長い作品を一度に読み切れる長さへ区切っています。下の内訳はその区切りです。

節見出し目安
1初版序文約7分
2遠野物語 題目 下の数字は話の番号なり約17分
3遠野物語 二六 柏崎の田圃のうちと称する阿倍氏はことに聞こえたる旧家なり。この家の先代に彫刻に巧みなる人ありて、遠野一郷の神仏の像にはこの人の作りたるもの多し。約9分
4遠野物語 四八 仙人峠にもあまた猿をりて行人に戯れ石を打ち付けなどす。約17分
5遠野物語 八〇 右の話をよく呑み込むためには、田尻氏の家のさまを図にする必要あり。遠野一郷の家の建て方はいづれもこれと大同小異なり。約12分
6遠野物語 九八 路の傍に山の神、田の神、塞の神の名を彫りたる石を立つるは常のことなり。また早池峰山六角牛山の名を刻したる石は、遠野郷にもあれど、それよりも浜にことに多し。約12分
7遠野物語 一一九 遠野郷の獅子踊りに古くより用ゐたる歌の曲あり。村によりて少しづつの相異あれど、自分の聞きたるは次のごとし。百年あまり以前の筆写なり。約4分

「『遠野物語』は何を書いた作品ですか」

この問いに、柳田國男はこう書いています。下はすべて原文からの逐語引用です。

この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分をりをり訪ね来たり、この話をせられしを筆記せしなり。
自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。
願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。

名著伴読では、こうした箇所を柳田國男の一人称でつなぎ、必ず原文の引用を添えて答えます。引用は原文と一字一句照合したものだけを出し、触れると原文のその箇所へ移動します。AI による再現であり、本人の発言ではありません。

柳田國男に聞いてみる

アプリで『遠野物語』を読む

柳田國男の収録作品

名著伴読は青空文庫および各著者の関係団体とは無関係の非公式アプリです。