名著伴読

中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』

「天災は忘れた頃にやってくる」の出典を探して、見つからなかった話

全文 1,063字・読了の目安 約2分。青空文庫の公開テキストを、縦書きの原文のまま読めます。

原文(はじめの2分)

今日は二百二十日だが、九月一日の関東大震災記念日や、二百十日から、この日にかけては、寅彦先生の名言「天災は忘れた頃来る」という言葉が、いくつかの新聞に必ず引用されることになっている。

ところで、よく聞かれるのであるが、この言葉は、先生のどの随筆にあるのかが、問題になっている。寅彦のファンは日本中にたくさんあって、先生の全集は隅から隅まで、何回となく繰り返して読んだという熱心な人がよくある。そういう人から、どうもおかしいが、この言葉は、どこにも見当らない。一体どこにあるのか、という質問をよく受ける。

実はこの言葉は、先生の書かれたものの中には、ないのである。しかし話の間には、しばしば出た言葉で、かつ先生の代表的な随筆の一つとされている「天災と国防」の中には、これと全く同じことが、少しちがった表現で出ている。

それで私も、この言葉が先生の書かれたものの中にあるものと思い込んでいた。もう十五年ばかりも昔の話になるが、たしか東京日日新聞だったかに頼まれて「天災」という短文を書いたことがある。その文章の中で、私はこの言葉を引用(?)して「天災は忘れた頃来る」という寅彦先生の言葉は、まさに千古の名言であると書いておいた。

ところが、この言葉が、その後方々で引用されるようになり、とうとう朝日新聞が、戦争中に、一日一訓というようなものを編集した時、九月一日の分に、この言葉が採用されることになった。

正月元旦の「日本国は神国なり」から始まって、三百六十五日分、毎日その日に何かいわれのある言葉を、集めたものである。そしてそれには、いろいろな人が、出所と解説とを書くことになっていた。私は九月一日「天災は忘れた頃来る」の解説を頼まれ、まず出所を明らかにと思って「天災と国防」を読み返してみたが、ない。慌てて天災に関係のありそうな随筆を、片っ端から探して見たが、どうしても見当たらない。

大いに困ったが、この言葉の方は、すでに慎重な会議をなんべんも開いて、採用に決定していたので、止めるわけには行かない。それで「天災と国防」の中にこれと全く同じことが書いてあるという理由で、解説を適当に書いて、勘弁してもらった。

もともとこの言葉は、書かれたものには残っていないが、寅彦の言葉にはちがいないのであるから、別に嘘をいったわけではない。面白いことには、坪井忠二博士なども、初めはこの言葉が、寅彦の随筆の中にあるものと思い込んでいたそうである。それでこれは、先生がペンを使わないで書かれた文字であるともいえる。

(昭和三十年九月十一日)

ここまでで全体の約99%。残り約1分は、名著伴読で続きから読めます。分からない箇所は、その場で著者に聞けます。

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出典: 青空文庫(中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』)。本文は著作権の保護期間が満了した公開テキストです。

この作品の読みどころ

よく聞かれる問いに、本文の該当箇所を順につないで答えます。引用はすべて原文からの逐語で、機械で一字一句照合しています。あいだの解説は AI が下書きし、機械で本文と照合したもの(運営者の読み合わせは順次行っています)です。中谷宇吉郎の言葉ではないので、三人称で書いています。

「天災は忘れた頃にやってくる」は、誰の言葉ですか

短い答え 寺田寅彦が話の中でよく口にした言葉で、書いたものには残っていません。弟子の中谷宇吉郎が新聞の企画で出典を示そうとして探し、どの随筆にも見つからなかった経緯を、この短い随筆に書いています。

書き出しは、毎年この時期に新聞がこの言葉を引くところから始まります。そのうえで中谷は、読者からくり返し寄せられる質問を持ち出します。出典が分からない、という質問です。

ところで、よく聞かれるのであるが、この言葉は、先生のどの随筆にあるのかが、問題になっている。中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』 この上の原文にあります

答えは短く、はっきりしています。全集を隅から隅まで読んだ熱心な読者が見つけられなかったのは、探し方が悪かったからではありませんでした。そのうえで中谷は、話し言葉としてはよく出ていたことと、『天災と国防』に同じ内容が別の表現であることを添えます。

実はこの言葉は、先生の書かれたものの中には、ないのである。しかし話の間には、しばしば出た言葉で、中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』 この上の原文にあります

中谷自身も、寺田の文章にあるものと思い込んでいた一人でした。戦時中の新聞企画で九月一日の解説を任され、出典を示そうとして初めて探しています。ここが、この随筆がただの伝聞でない理由です。見つからなかったことを、探した本人が書いている。

まず出所を明らかにと思って「天災と国防」を読み返してみたが、ない。慌てて天災に関係のありそうな随筆を、片っ端から探して見たが、どうしても見当たらない。中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』 この上の原文にあります

結びは、出典が無いことを欠点として扱いません。書かれた文章には残っていないが、寺田の言葉ではある。その位置づけを、中谷は一行で言い切ります。

それでこれは、先生がペンを使わないで書かれた文字であるともいえる。中谷宇吉郎『天災は忘れた頃来る』 この上の原文にあります

読み違えやすいところ 「寺田寅彦の言葉ではない」という意味ではありません。中谷が確かめたのは、書いたものの中には無いということです。もとになった記述は『天災と国防』にあり、そちらは原文で読めます。

あわせて読む 寺田寅彦『天災と国防』 もとになったと考えられる記述は、この随筆の後半にあります。

この続きを中谷宇吉郎に聞く →

この作品の語句(はじめの5分の範囲)

二百二十日(にひゃくはつか)
立春から220日目。台風の来やすい厄日とされた
千古の名言(せんこのめいげん)
昔から長く語り継がれる優れた言葉

中谷宇吉郎の収録作品

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