人間関係について、2人がこう書いている
人とうまくやれないこと、ひとりでいることについて。下はすべて原文からの逐語引用で、出どころを引用ごとに示しています。

夏目漱石個人主義と人間関係の機微を描いた小説家
その時の私はたといKを騙し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。夏目漱石『こころ』
目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。夏目漱石『こころ』
私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といい放ちました。これは二人で房州を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。夏目漱石『こころ』
吾輩は猫である。猫の癖にどうして主人の心中をかく精密に記述し得るかと疑うものがあるかも知れんが、このくらいな事は猫にとって何でもない。吾輩はこれで読心術を心得ている。夏目漱石『吾輩は猫である』
人間の膝の上へ乗って眠っているうちに、吾輩は吾輩の柔かな毛衣をそっと人間の腹にこすり付ける。すると一道の電気が起って彼の腹の中のいきさつが手にとるように吾輩の心眼に映ずる。夏目漱石『吾輩は猫である』
坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝癪が強過ぎてそれが心配になる。――ほかの人に無暗に渾名なんか、つけるのは人に恨まれるもとになるから、やたらに使っちゃいけない夏目漱石『坊っちゃん』
私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似を指すのです。夏目漱石『私の個人主義』
この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟ったのです。夏目漱石『私の個人主義』
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。夏目漱石『私の個人主義』
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。夏目漱石『草枕』
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。夏目漱石『草枕』

太宰治弱さと自意識を告白体で描いた小説家
これからは、何でもこの調子で、軽く夫に甘えて、冗談を言い、ごまかしだって何だってかまわない、正しい態度で無くったってかまわない、そんな、道徳なんてどうだっていい、ただ少しでも、しばらくでも、気持の楽な生き方をしたい、一時間でも二時間でもたのしかったらそれでいいのだ太宰治『おさん』
でも、私は、それだけでも夫に甘えて、話をして笑い合う事が出来たのがうれしく、胸のしこりも、少し溶けたような気持で、その夜は、久しぶりに朝まで寝ぐるしい思いをせずにとろとろと眠れました。太宰治『おさん』
彼等は、しばしばこのやうな道化を演ずる。太宰治『道化の華』
彼等は天然の美しい舞臺裝置を見つけると、なぜか芝居をしたがるのだ。それは、紀念の意味かも知れない。太宰治『道化の華』
「あそこから、はねたのだ。」葉藏は、おどけものらしく眼をくるくると丸くして言ふのである。太宰治『道化の華』
三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。太宰治『富嶽百景』
「おや、月見草。」さう言つて、細い指でもつて、路傍の一箇所をゆびさした。さつと、バスは過ぎてゆき、私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残つた。太宰治『富嶽百景』
それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。太宰治『走れメロス』
ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。太宰治『走れメロス』
分からない一節は、その場で聞ける
引用した箇所は、どれもアプリで原文のまま読めます。読んでいて分からない一節があれば、その画面のまま著者に聞けます。答えには必ず著者本人の文章の逐語引用がつきます。
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